140文字じゃ足りない「10周年おめでとう」

こんにちは。kyoraです。

今回は、自分の応援しているダンスボーカルグループ

MeseMoa. (めせもあ。)10周年にあたり、この記事を書いています。

www.mesemoa.com

ja.wikipedia.org

 

最新曲『カラメテ』はこちら 2022年5月26日発売予定


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(このサムネで紹介難しいな。ここだけ、ここ過ぎたらハートロック城なので)

 

 

 

まずは、

むすめん。MeseMoa.10周年

おめでとうございます!

 

そして、当ブログのタイトルは、

「イルミィはたまねぎの夢を見るか?」です。

イルミィは、ペンライトを持って応援する、MeseMoa.のファンの総称。

たまねぎとは、日本武道館の形を意味します。

MeseMoa.始動にあたり、ブログタイトルを変更しました。

 

見た夢は、来年叶いそうです。

9人の夢に、わたしたちも寄り添わせてくれて、ありがとう。

2023年3月14日。

日本武道館公演が決定しました。

おめでとう!


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あとは休みをもぎ取るだけです。(最大の壁)

祝日にならないかな。(ならない)

 

 

 

 

以下、思い出を振り返ります。

めちゃくちゃ長いです。

10年分だし、古参の懐古という点を踏まえて、

それでも読もうと思われた方はどうぞ。

 

2012年5月10日に投稿された1つの動画。こちらが初投稿動画になります。

今見たら、こんなタグが付いていました。

(活動名はこのとき morning musumen。カバーダンスのグループでした)

 

そしてこちらが、原因といわれる、公式生放送「ニコラジ」の切り抜き動画です。

リーダーの白服さんが、金曜日のパーソナリティを務めていました。

 

彼らは、好きこそものの上手なれ の代表例にしていいと思うのですが、

当初はカバーダンスがメインの企画グループだと思って見ていました。

 

そこからオリジナル楽曲という流れになり、この商業化が1つの潮目だったと思います。

その後、メンバーの入れ替わりがあり、休止があり、

『出れんの!?サマソニ』エントリーでイープラスさんとの縁があり。

だんだんと、踊ってみたカテゴリの外に出るようになっていったように思います。

ライブ活動を中心に、特典会(撮影会・サイン会など)も行われるようになりました。

年々と、外部のでのお仕事も増えていき、彼らはこの活動を職業にすることを決断し、

活動のための会社が設立され、現在まで活動を継続しています。

 

「アイドル気取り」が、「自称アイドル」になり。

活動復帰と、卒業を経て、「いつまで自称でいるのか」と言われる規模になりました。

 

 

初めて行ったライブは初単独の大阪アムホール。2013年3月24日。

このときは、現在の9人ではなく、動画投稿の11人を中心にし、

かつ所縁のある踊り手さんたちが出演する踊ってみたライブでした。


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このとき、「気まぐれプリンス」さんが、

「このライブを伝説のライブにしたい」と言ったのが、今思えば言霊のようです。

それから、このとき、『SEXY BOY~そよかぜに寄り添って~』をやるから、

覚えてきたら楽しいよって言われて、素直に予習していったの、

本当に大正解だったと思う。

 

その1か月後、2013年4月29日。(自分は不参加。前日の超パに参加)

前日に卒業したメンバーと入れ替わるように、二期の「とみたけ」さんが加入。

その年のツアーは、アットホームなツアー。

サプライズでお祝い、みんなで色々やりましたね。


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こちらに限らず、歴々の企画のみなさん、ありがとうございました。
私はこのとき単なる参加者でしたが、

最後のサイリウム企画が、2016年のディファ有明公演でしたかね。

それ以降はもう、大きくなって難しくなりました。

大きくなることは嬉しいことです。

 

ちなみに、私の初現場は男子校2年5組で、

かつ初単独には、とみたけさん出演していたので、

彼は確かに少し後に加入してはいるんですが、

自分の視点からすると、ほとんど違和感がないんですよね。

やっぱりどう見ても若かったし、

むしろ、野崎弁当さんがあの往復生活ができたのは、

それなりに年齢を重ねて、社会人ができていたからというのがあったと思う。

後にも先にも、無事に帰ったか心配する推しはひとりにしたいですが。

 

こういうメモリアルの時、誰かのパートをやったからって、

それは代わりではないし、10年彼は確かにいたんだから、

チーム「むすめん。/MeseMoa.」で間違いないと思っています。

この日も堂々と誇ってほしい。

 

そしてファイナル、2014年1月4日。

「にーちゃん」無期限活動休止。

この日、「僕を中野サンプラザに連れて行ってください」の約束が

ステージ上で行われました。

この日は、3rd『たじたじ*ファンタジー~君のアイドルになりたくて~』

お披露目日でもあり。

にーちゃんの衣装もありましたが、この日以来、幻になっていましたね。


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この日はしんどかった。本当にしんどかった。

 

その後、にーちゃん復活は、2015年8月16日。

約束の・・中野サンプラザ公演の日となりました。

前日に、キャリーを引いて歩くにーちゃん(4:52)、


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CCのMVの後ろ姿(3:25)。


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10人が揃うんだ、と、胸がいっぱいになりました。

夜中まで友達と通話して、いろいろ話して、楽しかったな。

 

 

前後しますが、2014年は吹雪の冬祭り中止を乗り越え、肉フェス最多出演期。

 

 

聖誕祭が始まったのも、この年だったかな。(これは秋祭り)


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もう後にも先にも、代替イベントボウリング大会は開催されないと思う。

お台場で放り出されても吹雪による交通麻痺で帰れなかったため、

成人のみ自己責任で参加という、環境的には厳しかったけれど、

メンバーにつき数名ファンがランダムで配置されて、女子会のようなレーンあり、

サイリウム焚いてるレーンあり、各所個性があって面白かった。

 

お台場カルカルさん、もう取り壊されちゃったんですよね。

思い出いっぱい。

むすめん。がイベントやると、会場のバルコニーがお花で埋まるって言われてました。

お花も、いっぱい出したねえ。

普通、とりまとめて出すものではないらしいんだけど、

結構凝った大型スタンドを共同で出してましたね。

2019年TDCHが最後になったね。お花の回廊みたいで凄かった。

 

そして、美味しいお肉とお酒と、好きなアイドルと、気の合う友人と、

野外ステージは夕暮れまで最高なので、またいつでも出てほしい。待ってる。


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(どこかにぱっちくんがいるらしい)

 

名古屋のガールズイベに出たのはびっくりした。

お客さんもびっくりしてた(どう見ても男性から女性カバーが飛び出した)。


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めちゃ盛り上がってた会場が忘れられない。

余談だけど、出演者のお姉さんに顔ひっぱたかれたの痛かったな。

 

 

翌年2015年はまず関門だったzepp DC公演。

チケット手売りして、でもなかなか新しい人に捌けなくて、大変そうだった。

手売りのチケットは、裏に直筆サインがあったんだけど、

ランダムだったから、推しから買っても推しのサインじゃなくて、

ちょっと駄々こねたこともあった。(わがままなオタクの心)

でも、あのとき見た光景があって、中野が決まって。

この人たちには大きい舞台が似合うなって、思ったと思う。

ツアーは、地元公演が叶って嬉しかったな。

推しのソロ回も当ててもらえて、推しチェキも当たって、こんな贅沢多分もうない。

 

それから2016年の47ツアー。

大好きなセトリのツアー。思い出いっぱい。

青キラ衣装でやる演目、大好きだったな。

新潟で、衣装のひよこが脱走したとかで、衣装変わったりしたね。

今年は後輩パンダドラゴンが47ですね。

きっととってもいい時間になると思います。

 

2017年は、「ぜあらる。」さんの卒業。ケガ等で、卒業が決まったのは前年でしたが、

1月22日、中野サンプラザでの卒業となりました。

『Is There -RAL Color-』での、みんなが橙を振ろうとしたときの、

「各々好きなメンバーの色を振ってください」とぜっちゃんが言ったとき。

最後までこういう人なんだなあと思いました。(説明難しい)

その後、オレンジは改名後の「MeseMoa./めせもあ。」のグループカラーへ。

 

そしてここから、現在の9人体制へと移ります。

この辺りは、個人的にどこか違和感を感じていた時期でもありました。

むすめん。のファンではあったけど、MeseMoa.のファンなのか、

自分ではわからないなと思っていました。

また、『Shadow kiss』は代表作ですが、その衝撃に動揺もありました。


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この時期は、お芝居の仕事が増えたころで、私は観劇好きなので、

どちらかというと外部のお仕事を優先して見に行っていました。


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また、一人一冊ずつ写真集が出たのはとても嬉しくて、たくさん買ってみたり、

オリコンチャートの見方を調べたり、充実していました。

 

ただ、どうしてもお稽古期間は露出が少なくなったり、

後身のオーディションが始まったりして、


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その変化にファンの入れ替わりもある時期でもありました。

 

その分、新しい出会いもあって、楽しいことももちろんたくさんありました。

長くいるということは、そういう機会も増えます。

慣れるけど、見送ることがさみしくないわけではありません。

自分が変わらないことに焦る気持ちもありました。

 

ちなみに、同年のOADがとてもとても好きなイベントだったので、

今後復活してくれたらいいなと思いますが、どうかなあ。

 

さて、発声ありでは最大キャパの2019年のパシフィコ横浜公演。


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大きかったね。綺麗だった。

『パシフィック展望台』は名曲だと思う。大好き。

 

この10年、特典会も、いっぱい行きました。

色々工夫して行って、いろんなこと話しました。

いつも推しとは上手に話せないけど、それを相談したり、

ときにからかわれたり、最年少の成長にしみじみしたり。

現場の友だちの話をしたりね。彼ら、だれと仲がいいとか本当によく知ってる。

 

小道具ありの頃、レモン持ってもらって、テレビジョンごっこしたな。

鬼ヶ島のとき、ずうっと立ちっぱなしで撮影した推しがいたな。

あれは最初立って撮っちゃって、不公平だからって一日立ったんだよね。

撮影会のあと、肉フェス移動したスケジュールもあったね。

誕生日だからってたくさん撮影券買ったりとか。

サイン会で、「野崎さんは俺のだから」って言われたりもしたし。

そういえば最近また仲良しですね。

 

ライブに話を戻すと、2020年の「パリパリじゃないズ!!!」にぎりぎり行けて、


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そのあと予定されていたイベントは、感染拡大防止の影響を受け、

いずれも延期または中止。

「HYPER TIME TRAVEL 6」、「桃組の音色」は、

いつか実施される日を待ちたいです。

 

 

それから、この曲については、もう言うまでもないかもしれません。


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オリンピックイヤーだったし、

海外向けに日本文化意識もあったのではないのかな。

緑推しが待ち望んだセンター。

歌が苦手で、すぐ謙遜して自分なんてと言ってた子が、堂々と真ん中を張る時。

フリーライブも、人を集めてしまうが故に、出来ないなんて。

この時期は切ないことが多すぎた。

 

 

その後、自分が現場に復帰できたのは、「殺生石セッション」お披露目。


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グループ史上最大キャパの幕張メッセに行けなかったのは、本当に悲しかった。

いつも、「万難を排して行く」なんて言ってたのに。

私一人いなくたって影響はないんだけど、なんだかさみしかった。

Polaris』も、『陽之鳥』も、少しだけ苦しかった。

だけど、やりたい気持ちも、伝わってきていたから。

実施されたということが、確かに嬉しかった。


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さて、時は2022年。

10周年ツアーも一応行けたし、先日、聖誕祭も行けました。


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聖誕祭については、別途記事を上げる予定です。

この記事は絶対にエネルギーが要るので、

そちらを先にあげようかと思っていたのですが、間に合いませんでした。

大きい花火がいっぱいあるって幸せですね。

 

 

最後に。

武道館に行ってくれたなら、成功したといっていいよねって、思いました。

私の好きなアーティストは、武道館でやるんだぞーって、

言えるって、いいですよね。

 

口に出したときに、知らないって言われても、今はもうそれでもいい。

ちゃんと実績が先に残っていくことが、

彼らの人生が、世間に認められていくようで。

変だけど、ほっとしました。

 

10年もかかった、って言うけど、

10年前、見えてもいなかった。

手を伸ばして掴むまで、がんばってくれてありがとう。

 

いつも楽しませてくれてありがとう。

たくさんの縁を繋げてくれてありがとう。

 

私は今日もMeseMoa.を応援しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのシートに座るということ。

久しぶりに筆をとりました。

kyoraといいます。こんにちは。

 

この度、応援しているアイドルが、活動10周年を迎えます。

その記念ツアーに行ってきました。

 

私が参加したのは、4/16の豊田公演です。

MeseMoa.10周年記念ツアー春

「アイドル気取りで何が悪い!~MeseMoa.ハウスへようこそ~」の初日公演でした。

(※本来の初日は福島公演が予定されていましたが、先の地震の影響による会場使用不可のため、変更となりました。)

 

今回のツアーについては、どこも地元より遠かったので、

FC先行や一般発売時点では諦めていました。

5月に現場が決まっていましたが、それは推しの誕生日イベントで、

そちらを優先して楽しむことにしよう、そう思っていました。

 

当日、用事を済ませたのが10時。当日券の通知が来ていました。

豊田までは片道4時間半。

「1部は見れなくても、推しのソロのある2部なら見れるかもしれない。」

私の頭で色々算盤を弾きました。

結局当日券で観ることを選びました。

 

着いたらもう1部は始まっていて、観るか迷いました。

当日券を買っているときに、すでに1曲目はかかっていました。

妙にドキドキして、ああ、これだって思いました。

2曲目を聞きつつ席に着きました。2階席の端っこ。

戻ってきた気がしました。

 

去年、『殺生石セッション』のリリース記念ライブには行ったのに。

そのときもとっても嬉しかった。間違いなく、嬉しかったんです。

もうひとりの大切な推しの初ソロでしたし、みんなに会いたかった。

特典会も一度行きましたし、それも楽しみました。

 

この2年と少し、多くの人がそうであったように、諦めてきました。

でも、最初に見たあの日と同じように、もしくはこの何年もの間と同じように、

ずっと、自分の耳で聞いて、自分の目で観て、自分の手を動かして、

笑って、同じ空間で応援したかった。

 

自覚はあったのですが、相当行きたかったみたいです。

 

そして、今ツアーのセットリストについて。

私の好きになった彼らがいる、そう思いました。

もちろん、最初に観たときよりずっと、うまくなって、ステージも豪華になって、

難しくなって、曲も増えて、たくさん変わっているんですよ。

 

いけませんね、歳を重ねるとすぐ感傷的になって。

 

とにかくめちゃめちゃ楽しい一日でした。

新曲『カラメテ』は、まだちゃんと歌詞を見て聞けていないので、

何とも言えませんが、聞こえてきた感じから、

内容が『メランコリーキッチン(※)』ぽい?と思いました。

個人的には『Majesta』が好きです。

 

ユニット曲もいいですね。あそこだけでも何回も見たい。

カバー曲も、嬉しかったです。衣装も今回どれもいいです。

ソロ演目も、ここだからの選曲、あのころとは違うアプローチの選曲。

とても楽しめました。

 

顔なじみの友人たちともたくさんお会いしました。嬉しかったです。

その節はありがとうございました。お騒がせしました。

 

そうそう、いつもライブの度に知らない方が増えていると感じるのですが、

それってとても幸せだなって思っています。

 

私の知らない子がたくさんいるということは、

新しく好きになった子がたくさんいるということです。

右も左も見たことある顔よりずっといいです。

実際は、私が人の顔を覚えていないだけ、

現場にいなかったからそう思うだけの部分も絶対あるとは思うのですが、

入れ替えが当然あるなかで、この周囲を見る瞬間が私は結構好きです。

 

そして、もし、このブログを読んでいる方で、

本当は行きたいけど、行けるけど、なんとなく行きづらいという方がいたとしたら。

いつでも、もっと後になってもいい、ぜひ一度、生で見てみてください。

コールがわからなくても。古い曲を知らなくても。キンブレがなくても。

ひとりでも。ライブ自体が初めてでも。若くなくても。

その1席で感じたものは、あなただけのもので、ほかの人と比べなくて大丈夫です。

楽しむためにきてくださったらいいなと思います。

 

ツアーもまだ折り返しです。

東京立川、広島、ライブハウスツアーがそのあとに続きます。

随時生誕祭もあります。

 

ちなみに、野崎弁当生誕祭は、広義の意味での茶推しをお待ちしております。

その日、野崎さんを見たいと思ったら、そのときだけはみんな茶推しです。

本人が言ったことですので、普段誰を推していても全く気になさらず大丈夫です。

お祝いの気持ちを持って、ちょっと変わったアトラクションみたいなドキドキ(※※)を体感しに、

ぜひ5/7横浜へ!

 

(※…...米津玄師さんの「メランコリーキッチン」)

(※※……私の友人談、「あれはアトラクション」。毎度茶推しでも何をするのか

 皆目見当つかないので、いつきていただいても一緒にドキドキして驚けます。

 本人談、「何をしてもいいと思っている日」だそうです。)

 

 

以上、長文失礼いたしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

割り切れない答え。

あけましておめでとうございます。

kyoraです。

 

新年早々トンデモな大雪に見舞われていて、

毎日出掛けて帰るまでが結構命がけです。

道の雪山にバンパーの破片が刺さってるのも

見慣れました。

 

それはさておいて、

2020年の振り返りもしていなかったし、

去年から今日にかけて

考えていることをざっと書こうと思って

筆をとりました。

 

3月以降、みんなそうだと思うんですけど、

まあ本当に毎日つまらなくてつまらなくて。

 

配信はね、それはそれで楽しくて、

楽しませてもらっています。あってよかった。

 

そして、続けば続くほど、これはオンラインのコンテンツで、

生のイベントとは別物で、代替にはなり得ない。

 

指折り数えてその日を待って、非日常に身を投げる。心から焦がれる。

そういう日が好きなんだ、と再確認する日々になりました。

 

とは言っても、仕事は異様に忙しくて、減収にはならなかったし、

地方に住んでいて、首都圏みたいな状態でも無いから、

少しなら近しい人と遊びに出たりとかも出来て、

間違いなく生活水準的には恵まれていた方だという自覚はあります。

ライブは、パリじゃのツーマンに行けてて、だから、

ギリギリまで現場にも行けていたことになります。

推しの片方にはもう一年会ってないことになるけど、

特典会には参加していて、画面越しに話は出来ています。

 

どうなることかと思ったけど、

現時点で推しは辞めることなく、活動を続けられているし。

現場も再開できてきたし。

 

ただ、私はいつ行けるのかは、わからない。

 

ここは田舎で、罹患すれば、

きっとその日のうちに知れ渡るし、

職場は人手不足なのに迷惑をかけるし、

家には高齢者がいるし、体も丈夫じゃ無いし。

 

行けない という事実だけが

いちにち、いちにち積みあがって。

それをどこか無感情に見上げて、

わざと感度を落として鈍く生きてます。

 

普通に友達と遊びに行きたいとか、

会いたい人に会いたいとか、

行きたいところにいきたいとか、

当たり前のことがしたいだけなのに。

テレビでインタビューを受けてる、

街のあの人はできるのに。

つながってるあの子だって行けるのに。

つらいなって、心の深いところで思ってしまったら、

きっとそれしか思えなくなってしまう。

わたしは、わたしのことを、そんなに強くないと思ってるから、

どこかわざと冷めて、傷つかないように、

してる。

それを、いけないことだと思っていない。

 

それから、いま、応援してるアイドルさんやタレントさんがお休みしたり、

卒業が決まったりして、

もっと見ておけばよかった とか、

もっと声をかけておけばよかった とか、

気づかなかった とか、

どうしたらよかったんだろう とか、

いろんなことを思ったりもする。

 

でも、少し考えてみた。

悟らせないのは、きっとプライドだ。

少しの後悔は残るのが自然だけど、

言われるまで、そうなるまで、

気づかせなかったのは、本人の気概だと思う。

だから、いっそ天晴れと思うことにした。

 

決意するまで、悩む姿を見せない美しさ。

もしくは、意地。

そういうものだと思うことにした。

 

 

 

だけど、さみしいは、さみしい。

それを悲しむ友人をみるのも、つらい。

 

それも、素直に思う。

 

 

 

ああ、はやく明けないかな。

本当の意味で、新しい年が。

そんなことばかり思います。1月。

 

#めせもあの日

2015年8月16日。

むすめん。の日。

めせもあ。の日。

 

推してるアイドルが、初めて中野サンプラザに立った日、です。

毎年行われている、記念フリーライブが、今年も配信されました。

アーカイブあります!ぜひ!)


【8/16】MeseMoa.の日 フリーライブ 生配信

 

MeseMoa.(めせもあ。)、旧名 むすめん。

モーニング娘。に憧れ、コピーダンスを踊るために集まった、男性グループ。

いつのまにか、グループ自体に人気が出て、オリジナル曲を発表し、

踊ってみたの踊り手が、アイドル気取りと言われた、その揶揄を、

アイドル気取りで何が悪い!と、ファーストシングルのタイトルにした。

そういうグループです。

 

その中で、セカンドシングルの発表された、その次の年明け。

メンバーの一人、「にーちゃん」が、すべての活動の休止を発表しました。

中学教師だった彼は、活動と私生活の両立が出来なくなり、

「ぼくを、中野サンプラザに連れて行ってください」という言葉とともに、

彼はステージを降りました。

その言葉を、約束にして。

 

そのステージで、歌われた、印象的なナンバーが

2ndの「サマー☆ビーナス~真夏のアイドル~」でした。

にーちゃんが休止後、彼のパートは、「ぜあらる。」さんが受け継ぎ、

ソロパートを歌う度に、お辞儀をして始めていた、というエピソードも残っています。

その「ぜあらる。」さんは、その後卒業。

現在は、彼らの所属する「株式会社DD」の社長になっています。

DDとは、「だれでも大好き」で知られるアイドル界隈の用語ですが、

このDDは、「だれでもドリーム」。

「次は君の番だよ」という意味を含み、すでに40人を超える大所帯になりました。

想像もしていなかった未来だけれど、白服さんが、いつだかこういう風に

ピラミッド型の組織にしたいと語っていたので、これもひとつ叶える夢なんでしょうか。

 

彼らが、中野サンプラザに立つ、その日までの記録を、youtube チャンネルで

「中野への道」として、シリーズ動画が配信されています。

その最後、47回。4:50。


むすめん。中野サンプラザへの道 第四十七回

 

キャリーを引いて、中野サンプラザに向かう、その背中。

翌日の、中野サンプラザ公演まで、私たちは、その出演を知りませんでした。

だから、幕が開くまで。

その姿を見るまで。

10人のむすめん。が帰ってきたことを、確信をもっていられませんでした。

この動画をもってしても。

(中野公演直前のシングル 登場3:25)


【むすめん。】Chameleon Color【6th single】

そして、このステージに帰ってきたとして。

中野の次のステージに、何人が立ってくれているのかどうかということすら。

それどころか、次のステージがあるのかどうかさえ。

少なくとも私は、疑っていましたし、彼らも、この日まで一切、

今後の詳細については発表していませんでした。

 

彼らは、この時点で2000人以上を集める人気グループでしたが、

現在のような職業として活動をしているわけではなかったから。

その形である限り、帰ってきたとして、それは一日限り許されたお祭りなのではないか。

そして、それは、遠方に住んでいたメンバーや、本業が忙しいメンバーにとっても同じこと。この日をもって解散、卒業、メンバー再編成、そんな可能性を考えては、

否定もできず、最後通告を待ちながらその日までを過ごしていたのです。

最新シングルの、直近のシングルのカップリング曲が「ばいばい」だったことも、不安要素の一つでした。

 

その不安には、もうひとつ。

はたして、この活動を続けたら、彼らは幸せなのか、という、

兼業アイドルを応援するなら、1度は考える、この思考。

安定した社会人を続けたほうが、普通の幸せをつかめるのだから、

普通なら、そう思うんだから。

活動を続けてほしいと望むことは、果たして正しいのか。

たまに集まって動画を撮ってくれるなら、それで、いいんじゃないか、と。

時間から時間のお仕事をして、定期的なお休みを過ごして、

家族と過ごしたり、友人と遊んだり、恋人を作り、家庭をもって、

それを求めるのが当たり前のことだよと、思っている部分もありました。

 

全くの真逆の気持ちを抱えて、夢のような8月16日。

 

幕が開いた、その1曲目。

それが、今日の最後の曲。

「You're the Love」。

「ここが 中野サンプラザ」楽曲作成時から、作詞作曲のhalyosyさんが、

いつか、中野のステージに立ったら、歌ってほしいと、秘められていた歌詞。

10人で、初披露の、本当の歌詞でした。

 

そしてこの曲は、歌詞カードでは、

「Uh Yeah 声を聞かせて!」の次は、「Uh Yeah (〇✕△□大好き)」と、

好きなものをバラバラに歌い、

「Uh Yeah 夢を聞かせて!」の次は、「Uh Yeah (〇✕△□たい!)」と、

したいことをバラバラに歌う、そういう歌詞なのですが、

今日は「みんなが大好き」「みんなに会いたい」とはっきり揃えてくれていました。

近年は揃えることが多かったけれど、

現在の環境におけるこの歌詞は、意味を持つものだと思います。

 

そして、その前の

「サマー☆ビーナス~真夏のアイドル~」は、前述したとおりの、

にーちゃん戦線離脱のイメージの強い曲ですが、

今回のアレンジは、album verでした。

このバージョンの元の音源に、にーちゃんの声は収録されていません。

そして、元々のセカンドシングルは、この頃、唯一、10人の声が揃った楽曲でした。

サードシングルには、もう、にーちゃんは参加できていませんでした。

 

その収録アルバムのタイトルは、「2222」。

中野サンプラザの、収容人数。

まだ、立たぬ夢の舞台を、描いたアルバムです。

このアルバムを引っ提げて、回ったツアーのファイナルが、最初の中野公演。

「むすめん。全国ツアー2015夏 ファイナルSP 〜Dream of 2222」でした。

 

わたしは、むすめん。の中野への道は、

にーちゃんを取り戻すストーリー。

第1章だと思っています。

翌日~9人になるまでが第2章ですかね。

「むすめん。アイドルになる」みたいな?

そこから改名して第3章かな。

いまは何章なんだろう

 

で、結局何が言いたいのかというと、上記のことが頭を駆け巡って、

本当に、#めせもあの日 のセトリだったなあ、ということで。

いやあ感慨深いなあ。

 

ところで、ライブハウスの照明ってもう少し

配信用に明るくなったりしないかな。

 

 

 

今会いに行きますと言えたらどんなにいいか 

推しが泣いた。

「こうするしかなくて」と、悔し涙を零した。


「新しいお客様に『来てほしい』と、この時点で声掛けすることができない」という結論になったのだと、
苦しい顔で語った。

私はMeseMoa.というメンズアイドルを応援している。
彼らは今年、既存のファンの数を超える座席数を構えて、大きなツアーをする予定だった。
ツアー名は『GALAXY 5』。

t.co


全国15か所、21公演、大阪を皮切りに、パシフィコ横浜でファイナルを迎える。はずだった。
新曲の『烏合之衆』と『Greatest Delight』を引っ提げて、2020年春夏ツアーだ。


【MeseMoa.】烏合之衆 [Disorderly Crowd]【7th single】


その一部を、この度中止にした。

 

収入源であるライブも、撮影会もできず、大きな額を得る活動を現在失っているからである。


新型コロナウイルスによって、日本国内には様々な影響が出ている。
まずは防疫の問題。これがコア。
それによって、手洗いうがいの推奨や、人混みにいかない、受診の際は手順をふむ、などの注意喚起が出ている。

そのうちの一つ、大規模イベントの自粛というのがある。

彼らのようなライブアイドルは、ライブと撮影会などが主な収入源で、それにCDやDVD、グッズなどの販売がある。
これらのイベントには、ファンが集まらなければいけないが、これをいま自粛しているので、
彼らは物品や配信の課金などによって収入を得なければならなくなった。
アイドルのテレワーク、在宅勤務と思ってほしい。

それ自体は仕方がない。
彼らは、自身やファンを今すぐ危険にさらそうとはしていないので、
この自粛期間中に開催はしないとし、所属会社の株式会社DDは所属する学生タレントの活動もストップさせている。
ちなみに、15日までは毎日所属アイドルが配信していて、そこにチケット代のようなお気持ちを投げることができる。


MeseMoa.7thシングル「烏合之衆」お披露目YouTube Live


もちろん無料で視聴もできるので、気になったらぜひご覧になっていただきたい。
基本的に生歌で踊りもきちんとレッスンを積んでいるパフォーマンスなので、ライブ映像がおすすめです。
トークの日もあります。

さて、問題は、この先の話である。
1000人を超える会場(ファイナルはパシフィコ横浜なので4000人)の春夏ツアーが組まれている。
チケットは一部販売が開始されている。

撮影会の延期、中止は本当に痛手で、
私たちが知っている情報だけで計算すると、新曲を出すたびに7日×11時~20時まで×1枚3000円×9人(休憩時間や転換があるので、賞味7時間くらいと思ってほしい)。
基本的にはすべて売り切れるグループだ。8000万円。毎回売り切れるので、当然、それを予算として活動費を組んでいる。
経費はわからないが、その分は差し引かれるとして。
それをいま失っている。いままでは、足りなければ追加もできた。それも、いつできるかわからない。

皮肉なことに、規模がそれなりに大きいだけに、跳ね返ってくる額も相当で、
仮に全部を中止すると試算した場合、億単位で損をするのだと教えてくれた。

あるバンドの、彼らの悲痛な表明が話題になったが、そこかしこで起こっているということです。

赤字覚悟の小さな箱を前提としていたら、彼らもどんなに気持ちが楽だっただろう。
いつ収束するかわからないのに、集まってほしいと、言えない、と。
でも、全部を中止にもできなかった、と。

私の推しは脱サラをしたアイドルだ。5年、兼業で北海道から通いで活動し、30歳で上京して、この春34歳になる。
当然、グループの中で、もしくは会社の中では年長者で、穏やかだけど、パフォーマンスは全力で、ときどき吹っ切れて人を笑顔にすることが好きで、いつも宝塚のような笑顔の人だ。

少なくとも、8年、私は彼が弱り果てた様子をみたことがなかった。
それまでに見せた涙も、感涙の涙だった、と思う。

社会人と兼業し、毎週週末に出てきて、深夜に空港から自家用車で帰宅し、
平日朝から仕事というスケジュールで活動しているときですら、彼は笑っていた。
隈が凄かったけど。

 

そういう人が、泣いた。
悔しいと、泣いた。

 

彼らは、私たち=ファンの顔も名前も知っている。

少なくとも、ライブや特典会に通っていたりするならば。

SNSで頻繁にリプライをつける子は、顔ではなくてアイコンかもしれない。

 

私たちの悲しそうな様子を、『どこの誰が』悲しんでいるのか、を、想像できてしまう。

それは、ライブアイドルだから。

数万のドームツアーをして、TVに出ている人たちとは、ここが少し違う。

みんな、が、具体的にわかってしまう。

情も深くなろうというものだ。

 

 

これを書いているいまも、胸が痛くて、どうしていいのかわからない。

できることはする。
動画の再生も、CDの購入も、SNSの宣伝もしてる。
買えるものは買う。投げ銭もしてる。
でも私は普通のOLで、当然のことながら、自分の収入と相談しながらしか応援できない。

 

『リスクがある商売だから仕方ない。エンタメとはそういうものだ。』
確かにそうだ。
そうだが、私たちはこの先も観たいし、彼らはこの先も続けたい。
好きなものを諦めたくない。


ライブ行きたいですよ。輝く彼らのパフォーマンスが見たい。
撮影会も行きたい。行って、感想を伝えて、ちょっとしたことではしゃいで笑い合いたい。
仲間と食事に行ったり、お泊りしておしゃべりしながら夜明かししたい。

でも、それが今じゃないって、認識してます。
私たちはもがきながら待っている。

手を洗って、マスクをして、消毒して、

仕事行って、ご飯食べて、配信観て、SNSして、寝て、待っている。

 

オタクは怖いことが多い。
自分や、自分の家族、社会性、のほかに、
「チケットがご用意できませんでした」の一文が怖いし、推しの不利益が怖いし、推しの罹患も怖い。


これは不運だ、と思う。
社運をかけた投資の矢先に、災害に見舞われた、と私は思っている。

自分たちの実力不足だとも、彼らは言う。
背伸びしたキャパシティは、ファンから見ても不安だった。
だから、それもきっとそうなんだと思う。

ファンがどうこう言ったところで、箱は変わらないし、
そして、キャンセル料も変わらない。多分。


で、この株式会社DDは、たしかに芸能の会社ではあるが、中小企業のひとつだ。

全国一斉休校で、教育分野にはきっと支援が入るだろう。

給食に関わる業者さんは、今大変なのだと流れてくる。

牛乳の業者さんと、芸能事務所と、同じではないか。

どちらも助けてくれたってよかろうよ、と思う。

 

それから、ドラッグストアのお姉さんも、もう謝り疲れたと言ってるじゃないか。


全国、そんなに謝らないで同盟を組みたいくらい、みんな疲れている。


市井の人は少し休んだほうがいいんじゃないか。
免疫も落ちるし。

 

あと、最後に言っておきたいことがある。


泣いてもうちの推しの顔は綺麗。

 

t.co

ご興味があればこちらを。

不名誉な宣伝をしてごめんね、私の推し。

ぴかぴかの太平洋を臨みに。

MeseMoa.全国ツアー2019 ファイナル パシフィコ横浜公演に行ってきました。


到着はのんびり行く切符を買ってしまっていたので、14時頃。

物販はもう売り切れか今から並んでも買えないだろうな・・と思いながら寄ってみると、まだ一部の日替わりを除いて商品は豊富にあって、窓口も多く、記憶にあるなかで1番にスムーズな物販だったと思います。

暑さも覚悟していたより感じなくて、思っていた以上に快適でした。嬉しい誤算。

大きい公演の物販アレルギーがちょっと治った気がします。

くじループなんて何年ぶりだろうと思いながら引きました。

なるほど、袋が眩しい。2Lとランチェキが当たりました。

トレカってあれだね、チェキ風カード思い出すね。

これもう少し袋大きいと当たりの紙確認しやすいかも・・・?他の公演で、後になって出てくるうっかりさんがけっこうTLにいたので、このサイズもしかして急いでたら見えづらいのかも。とか、新しいことへの気づきとかあったりなんかして。


それから色々グッズ類のお取引等させていただいて、いろーんな方とお会いして。

すごいな、私も7年かけていっぱいお友達できたんだなって、それもそれでジッカンジッカン。

2年越しにお会いしたオタクの大先輩もいたし、あとなぜか彼氏さん紹介されやすかった1日だったんだけれど、これはみんなが人生歩んでいるからなんだなあ、なんて思ったりしました。お幸せにね~。


ライブ本編は、レポほどできないけど、脱線しながら感想をちらほらと。

パシフィック展望台、彼らがパシフィコのステージに立って、最初にサイリウムの海を見て、その気持ちで歌ってくれたこと、その演出が嬉しかった。

ちょうど関係者席のブロックの近くで、おはるよしさんが嬉しそうに見ておられて、ああ、よかったなって思いました。

きらきらの衣装で、ぴかぴかの海できれいだったなあ。嬉しかったなあ。

 

2-5をはじめて見たのが、地元で、

コスイベの無料コーナーだったから多分100人いなかったんです。

それから、むすめん。は大阪アムホールさん。350人かな。

だんだん大きくなって、BLAZEの800人?

挑戦のZeppDC、夢を果たして10人で叶えた中野サンプラザ2222人。

MeseMoa.になって、TDCH、そしてパシフィコ。

私が知るだけでもいろんなことがあって、そのたびいっぱい好きになって、少しかなしい思いになったりしたこともなかったわけじゃないけど、こうやって大きくなれてきていて、それを観られてよかったなあって、そればかりで。

あの日は、ファンも懐かしい顔がぱらぱらと帰ってきてました。

めせもあ。の大きな公演はファンのお盆、って誰かが言ってたっけ。

そういうことを思い出していた1曲目でした。

そうそう、アンサンブルやプロの方の生の演奏が入れられていたのは、今回が初の試みでしたね。そこでも大きくなったねって、思いましたね。

あと、私1階後方だったんですが、最後の席の後ろに後輩たちが立ち見で観てたの。ずらっと。

じろじろ見るのも失礼だと思って、チラ見だけしたんだけど、あれはあれで圧巻。

後輩がいまはもうあんなにいるんだね。背中どんどん狙って行ってほしい。

それに負けたくないと思ううちは、もっと大きくなってくれると思ってる。

 

ちなみに、私はオーロラ曲技団はとみたんの成長ストーリーでテーマソングだと思ってるし、アンバランスボーイがあおいくんのそれにあたると思ってるんですけど、やっぱりあの2曲はエモーショナル過ぎて感傷的にならざるを得ない。

僕はひとりじゃない!と僕の初めてを君にすべて捧げようはエモさの結晶。

 

あと、モノボケのクライマックスの殺陣、

ほんと、あれだけで別途お金払うから映像と写真を。ください。

50枚くらいなら買うから。

め。と刀の組合せを集めている人なので、しぬほど好きです。

好きです。

何回でも言います。

鬼DANのMVの殺陣が納得いかないと言われていた出来で、

悲しみにくれた覚えがあったので、

今回リベンジしてもらえて本望でした。

ところで不思議なんだけど、ノックソさんだけ日本刀じゃなくてサーベルに見えるのなんでなんだろう??片手持ちに近いから?

(幻覚を見ている可能性)

 

それから、ソロメドレー。

パシフィコのお客さんを9人がそれぞれ独り占めなんて、なんて素敵。

過去のムービー会の後、「(当時はまだ調色できるキンブレもなく、存在しない色だから手作りするしかなかった背景の上で)茶色いサイリウムの海を見せてあげたい」と茶推し会で言ったことがあるのですが、

その後、10色キンブレができて、ライブハウスやホールで何度も見せることは出来たけど、

まさか4000人の海が出来るとは思ってなかったなあ。

9色綺麗でしたね。

そして、あの場でニバンセンジではなくうぉーくらを選んだ煎じくん。自己中ズル脳を選んだあおいくん。

本意は確認しようがないですが、彼らのことだから、

パシフィコでぜっちゃんの歌声、響かせたかったんじゃないかなあ。

10人で、みんなで辿り着いたよってメッセージだったのかな、なんて、思ったりしました。

うぉーくらのコール、面白いことになってたけど。

あとコールといえば白い服を君と。

いつぶり?古参も所々忘れてるし、曲自体あんまり知らん子もいそうでしたね。

自作のMVあるはずだからそんなことないのかな。

 

そしてもちろん、ぴょこぴょこするべんとすが可愛かったし、

やっぱりあの場で、踊り子になるのが夢でした!!はほんと響く。

とみたんの、階段に斜め座りで始まるソロも、一気に空気変えててかっこよかったー。

広いホールで、思いきり歌声を響かせたいというその言葉はまっすぐ客席に届いたと思います。

のっくんは、FWとたじふぁんで春夏と秋冬のソロを乗り切ろうとしてる説。

あのシリーズきれいで可愛いからそれでもいいけど(甘やかす)。

 

遅まきですが、キャプテン衣裳かっこよかったですね。

あおいくんはセーラーよりああいうのが様になるようになったね。

ていうか、今回の新吸血鬼といい、全部の衣装でチェキ会の機会が欲しいですね。

やっぱりDVDにしてもらって特典会してほしいな。

これなら行きたいもん。

 

あと、なんでもいいからアラビアン弁当を映像でください。

DDチャンネルだろうがMeseMoa.チャンネルだろうが

追課金が必要な有料動画でもなんでもいいから。お金なら出す。

 

それから、

りらぶ、トラライ 。、じゃないズ、

あれ、それぞれ映像出ないかなって思うくらいいい映像でしたね。ハモは正義だ。

丁度じゃないズにはオリジナルが無いので、ぜひこれを機に、トリオ曲が出来てもいいんじゃないですかね。期待。

そして、平成パラダイムチェンジの会場合唱。

あれは本当に一体感が出て、めちゃエモだったね。

彼らの歌声も素晴らしく、そこに客席の歌声が入って、とても綺麗でした。

 

それから、Your ID 初披露されましたが、あれは好きな曲調でした。

フリラが毎度平日で行けないので、生で聴くのは遠そうですが、新譜への期待が高まりました!

 

さて。

ファンの応援を受けて輝く彼らが、月のようだと思うことがあるのですが。

メジャーの、スタジオの照明の当たる場所が太陽のある場所なら。

彼らのいるステージはまだ私達の小さな光が集まって照らしているけど、きっと太陽に照らされる日は近く来る、そう思いたいと思える公演でした。

 

 

ただ、もう少しだけ願うなら、本来要らぬ涙を流す人を、笑って済ますようなことのないように。

目を伏せずに、大変かもしれないけど、1人でも多く、こちらからも、あちらからも繋いだ手を離すことなく、太平洋の向こう、光り輝くその先へ連れていってくれますように。

 

カウントダウンの先、

おそらく目指すは本丸、大きな玉ねぎの下。

たくさんの笑顔で溢れますように。

 

願わくば、私もそこにいたいです。

 

 

 

Hysteric DIVA と わたし。

とみたけさん。
とみたん。
みんなのおっきい弟。
MeseMoa.のDIVA。
183センチの長身に派手髪。
長い手足で大きな動きが映えるダンス。
にやり、と笑う笑顔にかわいさといたずらさが滲む。
グループと家族が大好き。
後輩が出来て嬉しいお兄さん。
感受性が強く、楽曲の表現力はピカイチ。
それ故ついたキャッチコピーはヒステリックシンガー。

(『New Sunshine』 池袋広告より)
7月生まれ、年齢は非公開(お酒が飲める年齢)。北海道出身。

わたしの、もうひとりの推しです。


グループ加入は2013年4月。
大阪初単独から1か月遅れで加入した唯一の2期メンバー。

元々あった踊り手(動画投稿サイト『ニコニコ動画』の『踊ってみた』カテゴリに投稿している人たちの総称)の
6人グループ「男子校2年5組」から、4名が加入した「むすめん。(MeseMoa.改名前のグループ名)」。

加入していなかった「とみたけ」「巫覡夜徒」(通称「やとみたけ」)の2名は、
グループには所属しないながらも、ステージにゲスト出演したり、裏方を手伝うなど仲の良さが見られました。
(※このころ、踊ってみた系の自主制作のライブは珍しく、親交のある踊り手さんたちが表も裏も結集して作られていました。
  その中で今でもスタッフとして支えてくれているのが現マネージャの方々です。)

2人は特に近い存在で、中でもとみたんは、「おれもむすめん。にはいりたい!」と熱望し、
その年のニコニコ超パーティのステージを客席で見たその翌日、東京単独ライブにて加入が決定。
そして年末のにーちゃん休止、中野サンプラザ公演への思いを強くした冬は、
関東50年に1度の大雪と言われた年でした。
雪に阻まれ、北海道から到着することができなかったイベントもありました。
リアルタイムでツイートしてくれて、
どうにか行けないかと模索してくれましたが、悔しさが溢れた日でもありました。

加入当初から歌は上手かったのですが、踊りはいわゆる「ゆるふわ」で、
揃ったものを求められる振りコピユニットには向かないのではないかという声があったことを、
当時、私たちも、そして本人も、知っていました。動画のコメントにありましたから。

「薄桃」は実は2代目です。
前メンバーは当時実力人気を兼ね備えた方で、その枠に入る、ということで、
他人というのは勝手なもので、当時のファンからの反発がなかったわけではありませんでした。
だから7年の時を経た現在、後輩のパンダドラゴンや研修生の子たちをいっそう面倒みてあげたくなるのかもしれません。

私は初期のツアーで、ステージに上がらせてもらったことがあります。
『whole new world 』のジャスミン役を客席から選んだのですが、
じゃんけんで選んだ子がやっぱり歌えない、ということで、すぐ歌える人、というので挙手したら当たった、という顛末です。
彼自身が初のソロステージだったのに、落ち着かせるように笑ってくれました。
袖でも、自分だって緊張するのに、人のことばかりで。
当時はライブ後の退場でお見送りがあったのですが、その時掴んだ手は震えていたように思います。
不安だったよね。そうだよね。

たしかに敬語ができないというところはありましたが、決して目立ちたがりの勝手な子ではありませんでした。
あの頃、彼の言う、「ありがとねえ」が大好きでした。今も好きだけど!

当時は差し入れも常識の範囲内で自由だったので、
もらった差し入れのお菓子ををベッドに広げて、端から食べるのが好きなんだと、いつだか教えてくれました。
いまは聖誕祭などの特別なイベントだけになったけれど、いまも楽しくプレゼントを開けてくれているといいなあって思います。

結成数年は体がオーバーワークを起こしていたのかもしれません。
発熱もしがちで、扁桃炎になって急遽公演に出られないことがありました。
私はいまでも、いつもは明るく振る舞う彼が、
「おれ、だいじなときにいないんだ」とスノーミーイベントで言った声を忘れることができません。

それからほどなくして、活動の幅が広がるとともに早々に北海道から上京。
東京寮組(白服、気まぐれプリンス、とみたけ、ぜあらる。(※現DD社長))は、あおいと共に初期の活動の中心となりました。
経験者ではない彼には相当大変だったと思いますが、ここでぐっと踊れるようになった時期だったように思います。
コミュニケーションの仕方も、だんだんと破天荒さがとれていきました。

どういうことかと言うと、当時は学業や仕事の傍らの活動だったため、同じ曲でも
9人の振り付け・フォーメーションのほかに、出られないメンバーを除く8人、7人、5人バージョンなどが存在しました。
いまでは考えられませんが、ツアーが発表されたとき、どの日に誰が出演するかという表がありました。
イベントが発表されても、推しが出るかどうかわからないことが当たり前の時代でした。
だから、10人(ぜあらる。さん卒業前)や、9人が揃っている、ということは、あの頃のファンにとっては当然ではありません。
ひとりひとりが続けてくれたことも、活動に本格的に取り組んでくれたことも、奇跡のひとつだと思っています。
そうそう、
47都道府県ツアーのとき、とみたんは、トラライ。が目標なんだと教えてくれました。
そこにまず定めているんだって。ペラペラ言わないでって言われるかな 笑。
力をつけたい、並びたい、それが彼の成長の原動力なんだなって、知りました。
『Shadow kiss』お披露目の肉フェスで、私、彼が泣いているように見えたんです。
でも、その時点でそういう苦しい愛情の表現ができる人になったってことだったんですよね。
ああ、すごいなって、思いました。

彼は多分、すごく人間関係に重きを置く子だと思います。
最初のパートナーのこと、いまでもずっと大切にしてることを、OADのときに実感しました。
だから、いまのメンバーのことも、新しい仲間も、ずーっと大事にすると思う。
ファンも、応援を力にしてがんばって返してくれて、私たちも大事にしてくれていますよね。
人を大事にできる子は、大事にされてこそ輝く。
だから私は彼を大事に思いたいし、傷つけたくないし、
そういう子だから、いろんな人に愛されている彼を見るのが、私は幸せです。

 


腰痛など体調不良や不運に泣かされた1年になっちゃったと思うけど、
2018年はまだ2か月あるから、ぜひ大どんでん返しを期待してます。
いろいろ出てきそうな動画も、超パも、ファイナルも楽しみ。

いっぱいいっぱい愛されて、幸せになってほしいし、
歌やダンスやお芝居でそれ以上の幸せを届けてくれる力をつけて上がってきてるから、

はやく世に見つかって、たくさんの愛にたくさんの愛でみんなはっぴーになろーーーーーーーーーーー!

 

 ここから下はわたしのことなので、

読んでもあまり得はしませんが、ご興味があれば。

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