割り切れない答え。

あけましておめでとうございます。

kyoraです。

 

新年早々トンデモな大雪に見舞われていて、

毎日出掛けて帰るまでが結構命がけです。

道の雪山にバンパーの破片が刺さってるのも

見慣れました。

 

それはさておいて、

2020年の振り返りもしていなかったし、

去年から今日にかけて

考えていることをざっと書こうと思って

筆をとりました。

 

3月以降、みんなそうだと思うんですけど、

まあ本当に毎日つまらなくてつまらなくて。

 

配信はね、それはそれで楽しくて、

楽しませてもらっています。あってよかった。

 

そして、続けば続くほど、これはオンラインのコンテンツで、

生のイベントとは別物で、代替にはなり得ない。

 

指折り数えてその日を待って、非日常に身を投げる。心から焦がれる。

そういう日が好きなんだ、と再確認する日々になりました。

 

とは言っても、仕事は異様に忙しくて、減収にはならなかったし、

地方に住んでいて、首都圏みたいな状態でも無いから、

少しなら近しい人と遊びに出たりとかも出来て、

間違いなく生活水準的には恵まれていた方だという自覚はあります。

ライブは、パリじゃのツーマンに行けてて、だから、

ギリギリまで現場にも行けていたことになります。

推しの片方にはもう一年会ってないことになるけど、

特典会には参加していて、画面越しに話は出来ています。

 

どうなることかと思ったけど、

現時点で推しは辞めることなく、活動を続けられているし。

現場も再開できてきたし。

 

ただ、私はいつ行けるのかは、わからない。

 

ここは田舎で、罹患すれば、

きっとその日のうちに知れ渡るし、

職場は人手不足なのに迷惑をかけるし、

家には高齢者がいるし、体も丈夫じゃ無いし。

 

行けない という事実だけが

いちにち、いちにち積みあがって。

それをどこか無感情に見上げて、

わざと感度を落として鈍く生きてます。

 

普通に友達と遊びに行きたいとか、

会いたい人に会いたいとか、

行きたいところにいきたいとか、

当たり前のことがしたいだけなのに。

テレビでインタビューを受けてる、

街のあの人はできるのに。

つながってるあの子だって行けるのに。

つらいなって、心の深いところで思ってしまったら、

きっとそれしか思えなくなってしまう。

わたしは、わたしのことを、そんなに強くないと思ってるから、

どこかわざと冷めて、傷つかないように、

してる。

それを、いけないことだと思っていない。

 

それから、いま、応援してるアイドルさんやタレントさんがお休みしたり、

卒業が決まったりして、

もっと見ておけばよかった とか、

もっと声をかけておけばよかった とか、

気づかなかった とか、

どうしたらよかったんだろう とか、

いろんなことを思ったりもする。

 

でも、少し考えてみた。

悟らせないのは、きっとプライドだ。

少しの後悔は残るのが自然だけど、

言われるまで、そうなるまで、

気づかせなかったのは、本人の気概だと思う。

だから、いっそ天晴れと思うことにした。

 

決意するまで、悩む姿を見せない美しさ。

もしくは、意地。

そういうものだと思うことにした。

 

 

 

だけど、さみしいは、さみしい。

それを悲しむ友人をみるのも、つらい。

 

それも、素直に思う。

 

 

 

ああ、はやく明けないかな。

本当の意味で、新しい年が。

そんなことばかり思います。1月。